8月4日

自然との共生誓い開幕

奥森吉で日本ジャンボリー

 四年に一度開かれるボーイスカウト最大のイベント「第十二回日本ジャンボリー」(ボーイスカウト日本連盟主催)が三日、森吉町の奥森吉青少年野外活動基地で開幕した。アリーナで行われた開会式には、海外三十三カ国五百人を含む約二万七千人が集合。参加者を代表して、秋田派遣団の石川正志君(森吉中二年)が「ウエルカム ツー 森吉」と、元気にスカウト宣言を行った。

 会場はこの日も雨がぱらついたが、開会式を待っていたかのように陽光が雲間からのぞいた。開会前に地元・森吉町の阿仁前田獅子踊りが登場し、約百人が歓迎の舞を披露した。式は午後四時半に始まり、各都道府県、外国隊、ガールスカウトの代表、そして各隊の班長を務めるスカウト三千四百人が次々に入場行進を行い、会場は熱気に包まれた。
 
 続いて、ジャンボリーの歴史を紹介しながら十二個のかがり火に次々に点火。ファンファーレが山並みに響きわたった後、石川君がスカウト宣言を行った。主催者を代表して九十六歳の渡辺昭ボーイスカウト日本連盟総長が「二十一世紀の日本、世界を担うのはスカウトの皆さん。手を携えて将来の人類の幸せのために働いてください」とあいさつ。佐々木耕二秋田派遣団長が作詞した第十二回日本ジャンボリーの歌「さあ行こう ジャンボリー」を全員で合唱した。
 
 続いて総理大臣あいさつを野呂田芳成衆議院議員が代読し「ボーイスカウト運動は、自然の中で仲間と切磋琢磨(せっさたくま)することで、人生を切りひらく生活態度を養える」と述べた。寺田典城知事は「クマゲラのすむ素晴らしい自然の中のジャンボリーは、自然と人間の共生を考える絶好の機会」と歓迎の言葉を述べた。
 
 ジャンボリーはきょう四日から選択プログラムが始まり、会場内外でスカウトたちがゲームやスポーツに挑戦する。県内各地や森吉山周辺の探訪にも出発する。

<写真は開会式に国内外のスカウト約2万7千人が勢ぞろいし、第12回日本ジャンボリーが開幕=森吉町の奥森吉青少年野外活動基地>


地元の石川君(森吉中)が宣言

 ○…開会式でスカウト宣言を行ったのは秋田派遣団第二隊の石川正志君(森吉中二年)。石川君は地元・森吉町のボーイスカウト秋田連盟第五十一団の隊員。
 
 代表に決まったと石川君に連絡があったのは大会の二週間前。「地元から代表が出そうだという話が伝わり、みんなでだれになるんだろうと話していた。あまり緊張せずやりたかった」という言葉通り、元気に本番をこなし大きな拍手を浴びた。
 
 宣言の文案は自分で考えた。「ジャンボリー活動を通して自分らしさを発揮し、常にスカウト精神を忘れず、誓いと掟(おきて)を実践することを誓います」という内容で、石川君自身がお気に入りなのは「自分らしさを発揮し」というところ。
 
 ジャンボリー開催が決まった平成六年十二月当時、開催地・森吉町にはボーイスカウトがなかった。「地元開催を盛り上げよう」と第五十一団が結成されたのが翌七年六月。ジャンボリーには第五十一団二十人と、阿仁町の第二団二十人で秋田第四隊を編成し参加している。隊長の間杉政明さん(39)=森吉町=は「スカウト活動はゼロからのスタートで各地の先輩に指導を仰いだ。隊員には迎える側として奉仕の気持ちを持つよう指導している。全国のスカウトにはキノコの採り方など地元情報を紹介したい」と語っていた。

<写真は参加者を代表してスカウト宣言する石川正志君(秋田第二隊)>

奥森吉の印象を作詩
 
 ○…第十二回日本ジャンボリーの歌「さあ行こうジャンボリー」を作詞したのはボーイスカウト秋田連盟コミッショナーの佐々木耕二さん(71)=仁賀保町。今回は秋田派遣団の団長を務める。
 
 大会の歌が公募された時、佐々木さんは「地元から、だれも応募しないのでは恥ずかしい」と考えた。佐々木さんは元笹子小教頭で体育が専門だが、学級の歌などを作ってきた音楽好き。「会場選定のためノロ川牧場時代の奥森吉を視察したときの印象を詞に詠んだ」という。
 
 開会式に先立って行われた歌唱指導で、佐々木さんは指揮台に招き上げられ、作詞者として紹介された。大会歌のCDは会場で販売された。


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